地震の跡その参

さて、帰省3日目。

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午後から松島の私の実家に移動する。
実家には兄一家がすでに到着しているはずだ。

昨日は南下した閖上街道・県道10号線を今度は仙台新港に向かって北上Link する。

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昨日の日記にも書いたが、この閖上街道に亘理近辺から入り、仙台新港まで一気に抜けるというのが学生時代の私の通学ルートだった。
そちら方面に勤める義妹が
「あたしも、今は(通勤は)有料道路使ってるから分からないけど、通行規制がまだかかってる可能性が高いよ」
と言ったが、とりあえず行ける所まで行こうと通ってみる。
途中、地元に住む人だけが通っていいという内容の立て看板があるところがあったがそのまま入って行くと新港まで通じているようだ。


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閖上街道沿いの荒浜地区をはじめとするこの地域には、津波により300以上の遺体が流れ着いたという。

「…なんにも残ってないじゃん」

いくつかあったはずの集落は建物の基礎しか残ってない個所も多く、海までの光景をふさぐものが何もない。
ガソリンスタンドも鉄骨が折れ曲がり、廃墟と化している。
こんなにも変わるものだろうか。
青々と芽吹くかつては田んぼだったところに生える草がかえって痛々しいほどだ。

仙台新港を抜けて多賀城から国道45号線に入る。
この辺もだいぶ水が上がったはずだが、波の勢いはさほどではなかったのだろうか。テレビで何度か中継されたはずのイオンや自動車が大量に流出したはずの自動車工場。一見すると分からないが陰に回ると倉庫のシャッターが歪んでいたりする。

塩釜〜松島に入る。
内湾になるので津波の衝撃を感じる箇所は一気に減るが、それでも波の通り道になったと思われる箇所には船が残っていたり1階の窓ガラス部分にべニヤが貼り付けてあったりした。

? posted by Yumikoit at 10:27 pm commentComment [2]

この記事に対するコメント[2件]

1. 綾小路 — August 17, 2011 @19:56:49

私も宮城県内のいたるところで、なんにも残っていない地区を見ました(涙)
たまに残っているのは骨組みだけとか、基礎だけとか、1階部分が抜けてがらんどうとか…。
また、実家近くの川は以前にくらべて水位がとても高く、満潮時はあふれそうなくらいでした。
地盤沈下なのか、堤防が緩んでいるのか分からないのですが、こういう点は以前と同じようには戻らないですよね…。

Owner Comment Yumikoit Website  August 17, 2011 @20:25:32

クルマで走っていて思ったのですが、大分地盤が低くなっている個所がありますね。堤防が緩んでいるだけではなく、沈下がひどいんだと感じました。
今回の写真は、ほとんど1号が撮ったものです。

話に聞くだけでは全く想像だにしないふるさとの光景。

野蒜方面の日記を、綾小路さんのコメントの直後にアップしているのですが、野蒜方面は合宿などで数回行っています。それだけにあの美しい光景がこうまで変わってしまうとは…。言葉に尽くせない気持ちです。

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